【看護師1年目🏥】

看護師生活の話

みなさんこんにちは、スピリチュアル看護師-358さこはち-です☺

今日は、358の看護師1年目の時のお話をしたいと思います。

看護師1年目。

思い出してもしんどい1年でした。

人生で一番、キツかったかもしれません。

ただ、その分本当に鍛えられました。

仕事も、メンタルも。

358が今、

“1分あれば何かできる”
“3分あればかなりのことができる”
“決めた時間内に終わらせる”

こういう仕事ができるのは、間違いなくこの1年があったからです。

“瞬発力” と “短期集中力” が磨かれたのもこの1年のおかげです。

ただ、本当にキツかったです。

何がキツかったか。

👹👿👹👿👹先輩たちがコワすぎました👹👿👹👿👹

今の時代では考えられないオソロシサでした。

例を挙げてみましょう。

👹「おはようございます。」は、なぜか無視。(358のこと見えている⁈聞こえている⁈)

👿質問すると「は⁈」と言われる。(「え⁈」)

👹1年生同士が仲がいいと悪く言われる。
(ので、同期とは便や尿を捨てに行った“汚物室”でのみ会話。
   →「どう?」「うん。死にたい。」「私も。じゃあね。」解散。)

👿研修医と飲みに行ったことがバレると呼ばれる。
(「誰とデキとるんな?」「え?」「やめとけよ。」
   →誰ともデキていないので、逆に恥ずかしい…。)

👹358が知らない業務を、同期は知っている。
(358以外は、先輩が業務を教えてくれるらしい。ので、同期に聞くしかない。が、同期が何を知っているのかを知らない。)

👿プリセプターが医者の愛人だったので、医者まで意地悪をしてくる。
(さすがに他の先輩がかばってくれるほど、あからさま。)

👹出勤すると、ロッカーに【赤紙】が貼られている。
(前日の出来ていなかったことの注意なのですが、怖すぎて【赤紙】と呼んでいた。)

👿「年を取ってるから物覚えが悪い。」って言われてるよ、とわざわざ言いに来る経験者の同期が
いる。(言う必要ある⁈)

👹ミスをすると、師長にとことん詰められる。
(ミスをしたことより、師長に報告することが怖くて仕方ない。358以外であれほど詰められた人を見たことがない。)

👿やったことのない業務を一人でやれと言われる。
(当日突然言われるので、事前勉強もクソもない。)

まあ、仕事の注意を受けるのは当然だと思っていたし、改善できるのでよかったんですが。

業務を指導してもらえなかったり、ロクに口をきいてもらえないのは辛かったですね。

高校時代の友人に、

「358には思いつかん(思いつかない)意地悪なことを言われるし、される。」
「マジで思いつかんで。ビックリする。」

と、話したこともあります。

ある日、地下の売店で看護学校の同期に会った時のことです。

人生で初めて、勝手に涙が出て、

人生で初めて、人前で泣きました。

辛かったし、悲しかったし、悔しかったし、惨めでした。

看護学校万年首席の358のそんな姿に、同期も驚いていました。

本当に惨めでしたね。

惨めで惨めで、仕方ありませんでした。

そんな日々だったので、職場に着いた時から帰るまで怖くて怖くて。

常に心臓が早鐘を打っていました。

先輩たちも怖かったんですが、更に怖かったことがあります。

—重症の患者さんの担当—

その恐怖たるや、先輩方の比ではありません。

重症患者を前にして、助けを求めることができない先輩たちに囲まれている恐怖。

(自分のせいで患者さんを死なせてしまったら、どうしよう?)

この恐怖との闘いが一番キツかったです。

自分で希望した救命救急センターでしたが、358には向いていなかったと思います。

新人は勉強だということで、来る日も来る日も最重症患者を受け持っていました。

やがて、朝礼の時には呼吸もロクにできず、勤務終了間際には足に500円玉大のブツブツが出ました。

朝は周りにバレないように深呼吸をし、夕方は足を搔きむしりながら記録を書きました。

ある日の夕方、周りに聞いている人がいないことを確認してから、隣に座っていたDrに言いました。

「先生、この時間になると足にこっぱんが出るんです。」(※500円玉大のブツブツを、358の地方では “こっぱん” と呼びます)

「、、、。   358さん、それストレスじゃで。」

(、、、。  ああ、そうか。ストレスなんか。ストレスってすごいな。)

言われるまで気付いていませんでした。

師長から、「しばらく仕事を休んだらどうか?」と言われたこともあります。

即座に、「いえ、休んだら二度と出て来れなくなるので、休みません。」と答えました。

あの頃の358は、どんな表情をしていたのでしょうか。

ただ一方で、味方も沢山いました。

看護学校の同期、救命センターの同期、同期の研修医、一つ上の研修医、麻酔科医。

怖い先輩の中でも、ブツクサ言いながら助けてくれる人もいました。

仕事が終わってからみんなと飲みに行っては、それぞれにあった出来事を笑い飛ばしました。

勤務中には、先輩たちが近くにいないことを確認してから、358に声をかけてくれました。

「何か手伝えることある?」と。

358の状況を心配してくれていました。

そして、母。

母が言ってくれたことがあります。

「358。いつでも辞めたらええんよ。」

この言葉でハッ!としました。

(そうか。辞めてええんじゃ。辞めちゃいけんって思ってたけど、辞めてもええんじゃ。)

人って、追いつめられると思考が狭くなるんですね。

それに気づいた時、

「うん。そうじゃな。じゃあ、もうちょっと行ってみるわ。」

と、答えていました。

いつ辞めてもいいなら、もう少し行ってみようと思えました。

本当に救われました。

みんなと一緒に居たかったですし。

こうして、みんなのおかげで1年が経つ頃。

急に、仕事がスムーズに回るようになりました。

あんなに一日の業務が凸凹してうまく行かなかったのに。

急に。

先輩たちと同じように動けるようになったのです。

自分でも驚きましたが、喜びも束の間。

恐怖は恐怖を呼び続けましたwww

今、この頃の自分に言ってあげられるとしたら。

「もっと、惨めさや怖さを受け取ってあげたら?」でしょうか。

今日はここまでにします。

最後まで読んでくださったみなさん、今日もありがとうございました。

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